この記事では局所麻酔中毒(Local anesthetic systemic toxicity: LAST)について、これまでの臨床経験と知見からまとめてみました。
局所麻酔薬中毒とは
局所麻酔薬は神経のNaチャネルを遮断することで麻酔効果を発揮します。しかし、局所麻酔薬の血中濃度が高くなりすぎると、脳などの中枢神経や心筋のNaチャネルも遮断してしまうため局所麻酔薬中毒に陥ります。Naチャネルの感受性の違いにより、通常はまず中枢神経症状が先行し、遅れて心血管症状が発症します。
局所麻酔の血中濃度と中毒症状
局所麻酔中毒の原因
・血管内への意図しない直接投与による場合。
・血管外組織からの緩徐な吸収で局所麻酔薬の血中濃度が中毒域に達する場合。
局所麻酔中毒の頻度
局所麻酔薬中毒の定義が一定しないことやブロック手技、部位で発生率が異なります。
また、局所麻酔薬中毒の頻度は約 1/10,000〜1/500と幅があり、正確な数値は不明です。
循環不全に至るような重篤な例は稀とされています。
症状と経過
患者の状態によって局所麻酔薬の効果発現や中毒閾値が変化するため注意しましょう。
例えば、小児や肝障害患者では代謝酵素活性が低下し、心不全患者では循環時間が遅延するため、局所麻酔薬中毒を生じやすくなります。
1. 中枢神経系の症候
・初期症状として、舌・口唇のしびれ・めまい・頭重感などを感じることが多いとされています。
そして、始めに大脳皮質の抑制系ニューロンが遮断され、非特異的な興奮症状の多弁、興奮、痙攣など様々な症状が現れます。
さらに血中濃度が上昇すると、さらに興奮系ニューロンも遮断され、抑制症状として昏睡状態や呼吸抑制が現れます。
2. 心血管系の症候
・初期は交感神経の興奮に伴い、高血圧、頻脈などを生じます。さらに、血中濃度が高まると、直接的な心筋抑制、不整脈、刺激伝導系の抑制などを生じ、最終的には血圧低下し、心停止します。
・局所麻酔薬の直接の血管内注入の場合は、神経症候なしで循環系症状を生じます。
・心電図上は、PR 延長・QRS 幅の増大が特徴的です。
3. 非典型的症候
・前駆症状(耳鳴り、金属味、幻覚、多弁、不明瞭な発語、痙攣、感覚異常、視力異常など)を呈する症例は16%のみという報告や60%の症例で典型的な神経症状が緩徐に悪化する経過をとるとの報告があります。
・一方で、41%の症例では、症候の発現の遅延または神経症候なしで、直接に循環症状の出現がみられたとの報告があります。特に全身麻酔や鎮静下では症状の発見が遅れるため注意が必要です。
4. 局所麻酔薬中毒発症までの時間
・局所麻酔薬中毒の症状発症までの時間は様々です。
・血管内への直接の注入では秒単位で起こります。
・組織からの移行や代謝物の蓄積による場合は5~30分程度で起こり、徐々に血中濃度が上昇していくのに伴い、症状も進行していきます。
・発症までの時間は50 秒以内に50%の症例、5分以内に75%の症例と多くは局所麻酔薬使用後早期に発症しています。
・一方で、15分以上の経過で発症する場合もあるため、大量に使用した場合は少なくとも30分間は注意深く経過観察を行いましょう。
歯科用局所麻酔薬の成分一覧
歯科用の各局所麻酔薬(キシロカイン・オーラ注・シタネスト-オクタプレシン)の成分は下記のようになっております。
その他、スキャンドネスト(メピバカイン塩酸塩)は、有効成分(血管収縮薬)、防腐剤(パラベン)、酸化防止剤(亜硫酸塩)ともに無配合です。
局所麻酔薬中毒の予防
局所麻酔薬中毒は重篤な合併症となる場合もあり、局所麻酔を使用する際は常に考慮する必要があります。できれば回避したい合併症であり、予防するために下記の手順が推奨されています。
1. 局所麻酔薬の投与量を減らす
・局所麻酔薬は最小有効量を使用しましょう。
・特に小児や広範囲の麻酔を行う場合は極量を超えないように注意が必要です。
・投与量が増えてしまう場合には低濃度の麻酔薬の使用や生食で希釈なども考慮します。
<リドカイン(キシロカイン)の極量>
・成人:3~4mg/kg (リドカイン単独)、7~8mg/kg (アドレナリン含有時)
・小児:4.4 mg/kg (2%リドカイン8万分の1アドレナリン含有時)
・極量とはこれ以上は局所麻酔中毒の危険性が高いという目安であり、極量まで使用可能という意味ではありませんので注意しましょう。
・1%キシロカイン(アドレナリン含有)では、1mlでキシロカイン10mg。
・10kgの小児では、極量が44mgとなるため、4.4mlまでの使用となります。
・量が足りない場合は、あらかじめ生食で倍希釈して使用しましょう。
2. 少量分割投与
・少量(3-5 mL)ずつ、分割して投与し、投与毎にしばらく時間をおいて観察します。一気に注入すると、血管内へ局所麻酔薬を誤って投与した際に局所麻酔中毒のリスクが上がります。
3. 穿刺後の吸引テストの実施
・吸引後に血液が引けないことで、血管内に局所麻酔薬を投与してないかを確認します。
・ただし、吸引テストをすれば確実に血管内投与が避けられるわけではありません。
4. テストドーズ(試験投与)の実施
少量のアドレナリン含有局所麻酔を投与後、
・脈拍数10/min 増加
・収縮期血圧15mmHg 上昇
どちらかを認めた場合は血管内投与を疑います。
ただし、βブロッカー服用患者や高齢者、鎮静中などでは変化がない場合もあります。
局所麻酔薬中毒の治療
局所麻酔薬中毒の診断は、局所麻酔薬の使用後に発現する臨床症候に基づいて行われます。
そのために十分な患者観察とモニタリングが重要です。
また、局所麻酔薬中毒が発生した場合の対応、治療法の手順を確認します。
1.局所麻酔薬中毒が疑われた場合にまず行うこと
1)局所麻酔薬の投与を中止
2)応援の要請
3)モニターの装着(血圧・心電図・パルスオキシメーター)
4)静脈ラインの確保
5)気道確保 および 100%酸素投与、必要に応じて気管挿管、人工呼吸を行います。これは、低酸素やアシドーシスが病態を悪化させるためです。
6)痙攣の治療。ベンゾジアゼピン、チオペンタール、プロポフォールが使用可能ですが、いずれも少量ずつ投与しましょう。ベンゾジアゼピンが推奨されています。
7)血中濃度測定のための採血 (余裕があれば)
2. 重度の低血圧や不整脈を伴う場合
1)脂肪乳剤を投与。Lipid rescueとも言われ、局所麻酔薬中毒に特徴的な治療です。
投与量に関しては表を参照してください。
2)心配蘇生を開始。アドレナリンの投与量は、American Heart Association (AHA) の蘇生ガイドライン等に従いましょう。注意点として、頻脈・不整脈の治療目的でリドカインを使用は避けましょう。
3)体外循環の準備 。上記で循環が保てない場合は人工心肺の使用となります。リドカインは消失が早く一時的で済むことも多いですが、作用時間の長い局所麻酔薬中毒からの蘇生には長時間を要する場合があります。
3. 循環が安定している場合
1)注意深い観察
2)脂肪乳剤の投与を考慮
3)対症的な治療を行う
4. 経過観察
・患者を監視と治療ができる場所へ移動。
・脂肪乳剤の副作用に注意。
鑑別診断
1. 局所麻酔薬中毒
・舌・口唇のしびれ、めまい、興奮症状(多弁、痙攣)などの多彩な症状。
・初期は高血圧と頻脈になり、その後に低血圧と徐脈となる。
・ただし、急な意識障害や血圧低下などもあり。
2. アナフィラキシーショック
・皮膚症状があれば可能性高い。(無い場合もあり注意)
・低血圧、 頻脈(その後徐脈)、気管支痙攣、浮腫。小児の場合は咽頭喉頭浮腫・気管支痙攣など呼吸器症状が多い。
・迅速な診断と治療が救命の鍵である。
3. 迷走神経反射
・急激な徐脈、低血圧(始めは緊張により頻脈、高血圧の場合あり)、蒼白、失神、持続時間は1分以内が多い。
4. 過換気症候群(パニック発作)
・強い不安、息苦しさ。喘鳴なし、血圧やSPO2は正常。
・しびれ、けいれん様症状、産科医の手などの症状あり。
局所麻酔中毒時に準備する物と確認事項
局所麻酔薬を使用する場合には、局所麻酔中毒の早期発見・治療のために準備が必要です。
1)酸素投与、気道確保がすぐに可能な体制で行うこと。アンビューバッグ・マスクなどの人工呼吸が可能な器具。
2)心電図モニター、パルスオキシメーター、血圧測定(5分間隔)。
3)静脈路を確保。
4)痙攣に対する薬剤を準備。ミダゾラム、ジアゼパム、バルビタールのいずれか。
5)20%脂肪乳剤(イントラリポス®)を直ちに使用できるよう施設に常備しておく。
6)緊急時の搬送先を把握しておく。
7)局所麻酔薬中毒発生時は速やかな処置の開始と応援要請が必要となるため、麻酔は複数の医療スタッフがいる環境で施行する。
今回は、日常的に使用する局所麻酔に関連する局所麻酔薬中毒に関してまとめました。
局所麻酔薬を使用する場合には投与量を意識し、必要最小量の使用としましょう。
リドカインの極量 3~4mg/kg(アドレナリン含有時7~8mg/kg)、小児ではアドレナリン含有時4.4 mg/kgを覚えておくと目安になります。
この記事が少しでも参考になれば幸いです。
【参考文献】
1. 藤木翔太, 山本寛人. How to 局所麻酔&伝達麻酔 局所麻酔薬の種類と特徴. PEPARS 2017; 127: 1-7.
2. 甫母祐子, 虻川有香子. 3救急 消毒,局所麻酔法. 小児科診療 2019;82:132-135.
3. 角倉弘行. 無痛分娩に伴う深刻な合併症の予防と治療. 日本周産期・新生児医学会雑誌 2019; 55: 889-895.
4. 日本麻酔科学会. 局所麻酔薬中毒への対応プラクティカルガイド. 2017.
5. 日本歯科麻酔学会. 安全な歯科局所麻酔に関するステートメント. 2019
6. 最新口腔外科学第5版(榎本昭二他、医歯薬出版株式会社)
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