過換気症候群について【歯科医療従事者向け】

過換気症候群 歯科関係者向け情報

この記事では過換気症候群(hyperventilation syndrome: HVS)について、これまでの臨床経験と知見から詳しくまとめてみました。

スポンサーリンク

過換気症候群とは

不安や極度の緊張などにより過呼吸の状態となり、血液が正常よりもアルカリ性となることで様々な症状が出る状態のことをいいます。神経質な人、不安症な傾向のある人、緊張しやすい人などで起きやすいとされます。
男女比は3:7で女性に多く、10代に多いとされますが幅広い年代で起こります。

正常時では、【体内で産生されたCO2】=【呼吸により肺から出ていくCO2】となります。
過換気では、【体内で産生されたCO2】<【呼吸により肺から出ていくCO2】となります。
つまり、過換気とはCO2排出に必要な肺胞換気量以上に呼吸してしまうことです。

過換気症候群の病態生理

1. 不安や緊張などで息苦しくなり、必要以上に呼吸が深く、速くなり過換気になる。
2. 二酸化炭素(CO2)が体から排出され、血液のCO2濃度が低下します。
3. 血液がアルカリ性(呼吸性アルカローシス)に傾き、体内の細胞が正常に働くために必要な電解質のバランスが崩れることで様々な症状が生じます。

・化学反応式にすると、呼吸性アルカローシスではCO2が減少するため、左へと反応式が進み、HCO3(重炭酸イオン)とH(水素イオン)も減ります。その結果、体内がアルカリ性へと傾きます。

  CO2    + H2O ← H2CO3 ←  HCO3-   +  H
(二酸化炭素)  (水)  (炭酸)  (重炭酸イオン) (水素イオン)

・PaCO2(動脈血炭酸ガス分圧)の正常値は35~45 mmHgですが、過換気の場合では PaCO2が35mmHg未満に低下した状態になります。(正常値の場合もあります。)

過換気症候群の症状

呼吸器症状が中核症状ですが、それに伴い血液がアルカリ性に傾くことで、手足のしびれや筋肉のけいれんなどを生じます。
その結果、患者さんはさらに不安を感じて過換気となり症状が悪化してしまい、悪循環の状態になります。発作は一般に30分~1時間程度で消失し、経過は良好な場合がほとんどです。

精神症状としては、強い不安・恐怖感を感じ、呼吸困難や息苦しさを訴え、呼吸が深くなったり、浅く早くなったりします。

神経系症状としては、呼吸性アルカローシスによりイオン化カルシウムや細胞内カリウムが減少することにより、神経・筋肉の被刺激性が充進します。

その結果、四肢のしびれ、テタニー様けいれん発作、産科医の手などが見られます。また、脳血管の収縮により、頭痛、頭の圧迫感、失神などを生じる場合があります。

心血管系症状としては、不安による交感神経刺激により動悸、頻脈、胸部絞拒感、胸痛などを認めます。
消化器系症状としては、低カルシウム血症や交感神経刺激により、腹部膨満感、腹痛、吐き気、口渇などを認めます。

過換気症候群の診断

・突然の呼吸困難、動悸、手足のしびれなどを訴え、救急搬送されることが多いです。

・呼吸のペースが速く、強い不安や息苦しさ・呼吸ができないなどの自覚症状を訴えますが、血圧やSpO2は正常で喘鳴などの異常は認めません。その他に呼吸性アルカローシスによるしびれ、けいれん様症状、産科医の手などの症状を認める場合は過換気症候群を疑います。

・過換気症候群は器質的疾患がなく、心理的ストレスが原因となり様々な症状を引き起こします。典型的な症状や経過を認め、過換気を抑制することで症状が改善し、後遺症がないものは過換気症候群が示唆されます。

・問診では、症状が起こったきっかけや、以前に同様の発作を起こしたことがあるか、パニック障害などの精神科の既往に関しても確認しましょう。

・注意点として、過換気症候群以外でも過換気を来す疾患があり、重篤な疾患の場合もあるため見落とさない様にしましょう。

・検査は、まずバイタル(血圧、心電図、SpO2など)を確認します。また、可能であれば採血や動脈血液ガス分析でPaCO2や代謝性疾患などを確認します。その他は病院での検査となりますが、胸部レントゲンや心電図で肺疾患や心疾患の有無を確認し、意識消失やけいれん発作を認めた場合には頭部CT・MRIや脳波を行います。

・器質的疾患を認めず、心因的要因で過換気症候群となっている場合には、再発の可能性もあり、精神科や心療内科へ紹介します。

過換気症候群の発作時の治療

・SpO2モニターの装着と酸素投与を行います。
・まずは、「特別な病気ではない」、「呼吸を遅くすることで症状は改善する」、「時間は長くても十数分で治まる」など病態を説明します。そうすることで患者さんの不安を取り除き、できるだけ安心させることでゆっくり呼吸するように指示しましょう。
・呼吸方法はゆっくりとした呼吸で、5秒以上かけて息を吐く様に指示します。
・「精神的なもので異常はない」、「心配ない」と医療者側が簡単な説明のみで済ませると、返って不安を増幅させかねないとの指摘もあり、丁寧に患者の不安を取り除くことを心掛け、場合によっては薬物療法も検討します。


・鎮静剤の投与:症状が改善しない場合には、ベンゾジアゼピン系薬剤を検討します。
1. 内服可能であれば、ソラナックス(アルプラゾラム)0.4㎎ または ワイパックス(ロラゼパム)0.5㎎を内服します。
2. 内服困難や不安が強い場合はセルシンまたはホリゾン(ジアゼパム)5mgを筋注または静注します。この場合は、呼吸抑制、意識状態の低下があると低酸素血症になりやすいため、SpO2をモニターしながら、意識が鮮明になるまで酸素投与を行います。
3. 低酸素血症となった場合は、補助換気(アンビュー)を行い、ベンゾジアゼピンの拮抗薬のアネキセート(フルマゼニル)0.2㎎を緩徐に静注を検討します。

・過換気からの回復期は低換気となりますが、低酸素血症を伴う場合が起こり得るため注意しましょう。
・以前は、紙袋に吐いた息を再度吸わせて、炭酸ガス濃度を上昇させる方法(ペーパーバック法)が行われていました。しかし、この方法では酸素濃度の低下や炭酸ガス濃度の過度な上昇の可能性があるため、現在は行われていません。

今回は、過換気症候群に関してまとめました。
この記事が少しでも参考になれば幸いです。

【参考文献】
・古川智一, 須藤信行. 疾患編Ⅲ 呼吸器疾患過換気症候群. 診断と治療 2014; 102:263-266.
・辻井農亜, 白川治. 実地内科医を訪れる他科の疾患の日常診療と対処法一その1 実地内科医の診療と専門医との連携の実際と留意点 精神科疾患 過換気症候群. Medical Practice 2015; 32:1313-1315.
・最新口腔外科学第5版(榎本昭二他、医歯薬出版株式会社)

コメント