この記事では、ペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)装着患者に対する歯科用電子機器使用の注意事項について、これまでの知見からまとめた内容を記載致しました。
ペースメーカーと植込み型除細動器(ICD)の違いについて
不整脈の種類には、脈のスピードが正常より遅くなる徐脈性不整脈と早くなる頻脈性不整脈があり、ペースメーカーは徐脈性不整脈に対して使用し、植込み型除細動器(ICD)は心室頻拍・心室細動に使用します。
ペースメーカーは、洞不全症候群、房室ブロックなどの不整脈により心臓のスピードが遅くなり、息切れ、めまい、眼前暗黒感、意識消失などの症状がある場合に使用します。
ペースメーカーは左または右前胸部に小さな皮膚切開を加えて皮膚の下に埋め込み、ペースメーカー以外に心房リードと心室リードを肩の血管(鎖骨下静脈、腋窩静脈、橈側皮静脈など)から心臓の中まで挿入しペースメーカーと接続します。ペースメーカーは再充電できないリチウム電池を使用しますので、8-10年くらいで交換する必要があります。
植込み型除細動器(ICD)は、ペースメーカーの基本的な機能に加えて、心室頻拍や心室細動などの致死性心室性不整脈に対して、抗頻拍ペーシングという高頻度の電気刺激や電気ショックで頻脈を停止させることができます。
ICDの心室リードには電気ショックを通電するためのコイル電極が右心室内と上大静脈についています。ICD本体はペースメーカーより大きく重量もありますが、電池寿命は6-7年です。
ペースメーカーとは
心臓の収縮は、洞(房)結節からの電気刺激が心房を収縮させ、次に房室結節・ヒス束を伝わり心室が収縮します。心臓の刺激伝導系に障害があると、心拍数が40以下になって心不全を発症したり、5秒以上の心停止では失神を生じたりと致命的になる場合があります。
ペースメーカーはこのような徐脈が発生した時に、心臓の代わりに電気刺激を与えて心臓の拍動を管理する機器です。ペースメーカーはジェネレーター(本体)とリード(導線)によりできています。
1. 適応疾患:房室ブロックや洞不全症候群、徐脈性心房細動など徐脈性不整脈では急死する可能性があるためペースメーカーの適応となります。
2. 植え込み位置:多くは左鎖骨下にあります。その他、右鎖骨下や腹部に植え込まれている場合もあります。
3. モード:3~5文字で機能を表しますが、最初の3文字が重要です。
・1文字目=刺激電極の位置・ペーシング部位(A: 心房 V: 心室 D: 両方)
ペーシング(pacing)部位とは、リード(導線)が挿入されている、人工的な電気刺激をする場所です。
・2文字目=感知電極の位置・センシング部位(A: 心房 V: 心室 D: 両方 O: 機能なし)
センシング(sensing)部位とは、心臓からの電気刺激(自己心拍)を感知する場所です。
・3文字目=自己心拍を感知した際の応答(T: 同期型 I: 抑制型 D: 両方 O: 機能なし)
同期(T: trigger)とは、心房収縮の後に少しずらして心室を収縮させる機能です。
抑制(I: inhibit)とは、設定された心拍数より自己心拍が多い場合に、ペーシングを休む機能です。
・4文字目=心拍応答機能がある場合は、Rと表記あり
心拍応答機能(R)とは、運動などの活動度に応じて心拍数を変更する機能です。
植込み型除細動器(ICD)とは
植込み型除細動器(Implantable Cardioverter Defibrillator: ICD)は、命に関わる不整脈(心室細動、心室頻拍)が出た場合に、ペーシングや電気ショック(除細動)による治療を行う装置です。 AED(Automated External Defibrillator: 自動体外式除細動器)と同じ様な働きをします。ICDは、ペースメーカーの様にリードを血管から心臓の中へと留置します。
それに対して、皮下植え込み型除細動器(S-ICD)では、本体は側胸部の皮下へ留置し、リードも皮下の肋骨や胸骨より浅い位置に留置します(血管や心臓には触れません)。
電子機器によるペースメーカー・ICDへの電磁干渉(EMI)とは
一部の電子機器から生じた電磁界は、心臓からの電気刺激に似た雑音(ノイズ)を発生します。この雑音(ノイズ)を心臓からの刺激と誤って認識してしまい、ペースメーカーや植え込み型除細動器が誤作動を起こすことを電磁干渉(Electromagnetic Interference: EMI)といいます。(例:MRIや電気メスなどがペースメーカーに影響を与える場合があります)
歯科用電子機器と電磁干渉について
歯科用電子機器と電磁干渉(EMI)に関しての対策や安全性の報告は、現状十分ではありません。
但し、最近のペースメーカーは安全対策も進んでおり、適切な距離を保てば、ほとんどの歯科用電子機器は安全に使用できるという報告もあります1。
電磁干渉を起こす歯科用電子機器は2つに分類されます2。
・機器から漏洩する外部漏洩電磁界が干渉するもの (例:レーザーメス、可視光線照射器)
対策:機器の電源部と整流回路(整流器)を十分に離して使用する。
・直接口腔内に通電して干渉するもの (例:電気メス、電気的根管長測定器)
対策:原則的には使用を避けます。使用する場合には閉(鎖)回路を形成し、操作タイミングに注意します。(閉回路の形成の例:対極板の使用など)
以下に、一般的な歯科医療機器と電磁干渉(EMI)に関して記載しました。
ただし、個々の機器に関しては、添付文書やメーカー等に確認して下さい。
【影響を及ぼさず使用できると考えられる医療機器】
・歯科用タービン類3、歯科用X線3、洗浄装置3
【電源部や整流回路から、患者を十分離せば使用できる医療機器】
・レーザーメス2・可視光線照射器2 (外部漏洩電磁界が影響)
【使用禁忌とされる医療機器】
・電気的根管長測定器2、電気歯髄診断器2 (直接の通電が影響)
・超音波スケーラー(外部漏洩電磁界が影響)
【使用に関して条件のある一般的医療機器】
・電気メス2(対策の詳細は電磁干渉を予防するために気を付けることを参照)
・CT2…デバイスをX線照射野から外す。やむを得ない場合は通過時間を5秒以内に収める。
・MRI2…MRI対応機種であれば、施設基準を満たした特定の病院では検査可能です。
使用禁忌とされる機器(超音波スケーラー、電気的根管長測定器、電気歯髄診断器)に関して、実際に診療する使用条件(距離やパラメーター設定)や機種によっては、干渉の影響が無かったとの報告も有ります1, 3。
これらの使用に関しては、今後のデータの蓄積と使用に関しての指針などが待たれます。
電磁干渉により発生する機器の反応
1. ペーシングの抑制:ペーシング治療が必要なときに抑制されます(作動しない)。徐脈が生じるとめまいなどを生じることがあります。
2. オーバーセンシング:ペーシングの抑制やQRS波以外の(T波・ノイズ)を認識しペーシングが実施されます。
3. 非同期ペーシング:自己脈とは関係なく、一定のリズム(固定レート)でペーシングが実施されます。動悸を感じることが多いです。
4. 不適切ショック:植込み型除細動器(ICD)により、ショック治療が不要なときに実施されてします。
強い電磁干渉(EMI)により、機器が破壊された場合は別ですが、歯科医療機器のEMIはそこまで強くありません。よって、通常の電磁干渉(EMI)は一時的なもので、機器の電源をオフにしたり、機器から離れたりすることで元に戻る場合が多いと考えられます。
歯科治療における注意点
1. 治療前に気をつけること
・患者のペースメーカー手帳をチェックする。(植え込み時期や病院、機種、刺激方法などが記載されています。)
・既往歴や内服の確認を行う。心疾患などで抗血栓薬を内服している場合があります。
・必要に応じて医科主治医(循環器内科医)と連携をとります。
・歯科用電子機器の添付文書やメーカーに電磁干渉(EMI)に関して確認します。
2. 治療中に気をつけること
・処置中の急激な血圧の変動を避けるため、疼痛や不安を取り除くように心がけ、確実な局所麻酔や必要があれば鎮静などを試みます。
・電磁障害が起こらないように注意し、処置中は心電図、心拍数、血圧などをモニタリングします。
3. 電磁干渉(EMI)を予防するために気をつけること
・影響する機器を使用中は心電図をモニターし、使用後は設定パラメータや動作に異常がないか確認します。
・機器の電源やケーブルが、ペースメーカーの機器やリードの上にかからないように距離をとります。
・電気メスを使用する場合は、対極板・メス刃ともにデバイス本体から15 cm 以上離れた部位での使用に限ることが望ましいです2。
・出力設定は必要最低限に抑え、使用も短時間(2~3秒)の使用とします。その際、心拍数と同じ頻度での使用とならないように注意します。
・医師による設定となると思いますが、ペースメーカーでは非同期モード(AOO/VOO/DOO)あるいは自己心拍が確保できる設定にプログラムし、心電図を監視します。
・植込み型除細動器(ICD)患者では、抗頻拍機能・ペーシング機能をOffにして、心室細動や心室頻拍に対してAED (自動体外式除細動器)を準備します。使用後は、デバイスに異常が無いか確認し、本来の設定に戻します(全身麻酔下の手術前後も同様に行います)。
4. 電磁干渉(EMI)により症状が出た場合
・患者にめまい、心拍数上昇、除細動、ショックなどの症状が認められた場合や、機器がビープ音を発する場合は、電磁干渉の発生源から離すか、発生源となっている機器の電源をオフにします。そうすると通常は植え込まれた機器は通常の動作モードに復帰します。
・患者の動悸が続いたり、意識低下があったりする場合には、脈拍数を確認し、症状の回復が見られない場合は、かかりつけ医に搬送しましょう。
ペースメーカーやICDを持つ患者への AED使用方法
AED(Automated External Defibrillator: 自動体外式除細動器)の使用方法として、ペースメーカーやICDの本体(植え込み部分)から少なくとも2.5cm離して電極パッドを貼ります4。
心臓をはさむ位置に電極パッドをはれば一定の効果があります。
また、電流は電極パッド間の最短距離を通るため、少しずらせば故障リスクが減ります。
電極パッド貼り方としては以下の方法などがあります。
・本体から少しずらして電極パッドを貼る。
・胸壁の前後(前胸部と背部)に電極パッドを貼る。
今回はペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)と歯科治療機器の注意点をまとめました。
特に電磁干渉(EMI)が生じるかに関して、使用する機器の種類や距離が重要となります。
使用する場合には注意点を確認し、症状やモニターの確認を行うことでより安全な治療が行えます。
この記事が少しでも参考になれば幸いです。
【参考文献】
1.Yuting Niu, Yufei Chen, Wenjing Li, et al. Electromagnetic interference effect of dental equipment on cardiac implantable electrical devices: A systematic review. Pacing Clin Electrophysiol 2020;43:1588-1598.
2.ペースメーカー,ICD,CRTを受けた患者の社会復帰・就学・就労に関するガイドライン(2013 年改訂版).
3.ボストンサイエンティフィック社.A Closer Look. 歯科用機器と植込み型ペースメーカーおよび除細動器 2009年2月2日 100000005981, Rev A., JA
4.Hazinski MF, Chameides L, Elling B, et al. 2005 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care Part 5: Electrical Therapies Automated External Defibrillators, Defibrillation, Cardioversion, and Pacing. Circulation 2005; 112: IV-35-46.
5. 最新口腔外科学第5版(榎本昭二他、医歯薬出版株式会社)
コメント